バガヴァッドギーターとは700行の韻文詩からなるヒンドゥー教の聖典のひとつ。ヒンドゥーの叙事詩『マハーバーラタ』第6巻にその一部として収められており、単純にギーターと省略されることもある。ギーターとはサンスクリットで詩を意味し、バガヴァンの詩、すなわち「神の詩」と訳すことができる。 10/10(土) バガヴァッド・ギーター 第3章 第2章で示されたカルマ・ヨーガの教えが、さらに詳しく展開されます。 人生の中でさまざまな役割を担いながら、どのように行動し、成長し、自由へと向かっていくのか。それがこの章の大きなテーマです。 14:00-15:00 ① 毎日の生活をヨーガにする ― yajñārtham karma ― 仕事をする、人と関わる、家族のために何かをする。 私たちの毎日は、さまざまな活動の積み重ねです。 自分の望む結果を得ることだけを目的にするのではなく、自分も大きな全体の一部として、今できることをしていく。 クリシュナは、そんな日々の生き方そのものが、自分を成長させるヨーガになることを教えます。 特別な場所や時間だけではなく、毎日の生活をヨーガにしていく智慧について学びます。 扱う詩 3 章9節 15:30-16:30 ② 分かっているのに、なぜできない? ― kāma eṣa krodha eṣa ― 「こうしたほうがいい」と分かっているのに、できない。 「これはやめよう」と思っているのに、また繰り返してしまう。 私たちには、そんな経験があります。 アルジュナもクリシュナに、「人は望んでもいないことを、なぜしてしまうのでしょうか」と問いかけます。 私たちを強く動かしている「欲しい」「こうなってほしい」「こうであってほしくない」という力とは何なのか。 自分の心に振り回されるのではなく、その力とどのように向き合えばよいのかを、ギーターの智慧から学びます。 扱う詩 3 章36節37節 10/31(土) バガヴァッド・ギーター 第4章 この章では、古くから受け継がれてきたギーターの教えの背景とともに、「行動」と「智慧」の関係がさらに深く明らかにされます。 私たちを自由へと導く「知ること」の意味が、この章の大きなテーマです。 14:00-15:00 ① 神はなぜ、この世界に現れるのか ― yadā yadā hi dharmasya ― 「正しいことが失われ、混乱が大きくなるとき、私はこの世界に現れる」とクリシュナは語ります。 では、神が「生まれる」とはどういうことなのでしょうか。 そして、よく知られている「アヴァターラ(神の化身)」とは、何を意味するのでしょうか。 クリシュナが自らの誕生について語る有名な詩を通して、世界を支える秩序「ダルマ」と、神が世界に現れることの意味を学びます。 扱う詩 4.章7節・4.章8節 15:30-16:30 ② 「何もしない」と「自由である」は同じ? ― karmaṇy akarma yaḥ paśyet ― 私たちは普通、「行動している人」と「何もしていない人」をまったく反対のものだと考えます。 ところがクリシュナは、「行動の中に行動のなさを見て、行動のなさの中に行動を見る人が、智慧ある人である」と語ります。 これはいったい、どういう意味なのでしょうか。 「私はしている」という感覚と、本当の自分とはどのような関係にあるのか。 行動しながらも、その行動によって縛られない自由とは何なのかを、ギーターの智慧から学びます。 扱う詩:4章18節